admin
Trav’lin Light2

市川修.JPG

Ichikawa In New York   市川修

(1)ALONE TOGETHER
(2)THIS IS NO LAUGHING MATTER
(3)BROTHER PATATO
(4)EMBRACEABLE YOU
(5)LIKE SOMEONE IN LOVE
(6)ROUND MIDNIGHT
(7)TENDERLY
(8)PLEASE SEND ME SOMEONE TO LOVE
(9)ED'TIGER'LEWIS
(10)YOU DON'T KNOW WHAT LOVE IS
(11)BLUES FOR CONVERSATION

OSAMU ICHIKAWA(P,FL) BUSTER WILLIAMS(B) BEN RILEY(DS) SATOSHI INOUE(G) 録音:2000.

 

素晴らしいレビューです↓

一人の名ジャズピアニストが他界して一年が経つ。セロニアス・モンク、バッド・パウエルなど黒人ジャズに深く傾倒していた市川修がその人である。京都を拠点としてライブ活動しリリースされたCDを愛聴していただけに無念でならなかった。遺作(現時点)は2000年にニューヨークでベースの大御所、バスター・ウィリアムスとセロニアス・モンクのドラマーだったベテランのベン・ライリーのトリオと米国滞在のギタリスト井上智が参加した「「OSAMU ICHIKAWA/IN NEW YORK」になる。市川は何度も渡米して現地ジャズメンと共演しているので全く違和感なく持味を出し切った演奏に終始している。市川修の演奏を最初に接したのは1981年デビュー作の「BODY&SOUL」を聴いた時にさかのぼる。送ってもらったジャケットの中に手作りのライナーと自作2曲の譜面のコピーさらに近々渡米の予定がある事などがつづられた手紙が同封されていた。初めてで人間味ある心づかいに感激した記憶がある。「IN NEW YORK」では"Alone Together""Like Someone In Love"のスタンダードをモンク的フレーズを挟みながら豪快にスイングし、"ラウンドミッドナイト"も情感タップリのバラードが心を打つ。黒さとブルージーな感覚が全般的に支配した比類なき演奏と思う。
Ichikawa Osamu(p)Buster Williams(b)Ben Riley(ds)Inoue Satoshi(g)2000.6.1録音

 

これも、素晴らしいレビューです↓

JazzPianistの市川修さんが1月31日に、くも膜下出血で亡くなられた。 2週間ほど前、突然倒れられ入院中という話は聞いていたが、本当に残念でしかたがない。  市川さんのご自宅がわが家から5分ほどの距離があること。行きつけのBarでよく姿を目にし、演奏も何度も目にしたことなど、私にとってとても身近なJazzMusicianだった。  多くの日本人がJazzを演奏するなか、本場のNYのハーレムで立派に演奏できる日本人ミュージシャンは彼の他に何人いるだろうか。 それでいて、生き方は古風な侍のように武骨で、飾らない言葉づかい、何者にもこびない姿勢、ひたすらSoulの奥底に向かってJazzを探求し続けたのではないだろうか。 2000年にNewYorkで録音された作品『IN New York / Osamu Ichikawa』のライナーに「My Music is never stop」と題された市川さん自身のこんな言葉があった。

「...My music is never stop. 50歳にして原点に戻れて良かった。今までやってきたことに間違いはなかった。苦しみから開放され自由になった。たぶん僕はようやく独房から出ることが出来たのだろうと思う。神に感謝する。そして家族にも。    市川修」

空の上で先人達とセッションを続けておられると思う。

 「たくさんの音楽をありがとう、市川修さん!」 ご冥福を祈ります。

 

 

 

素晴らしい‥素晴らしすぎますよ‥(涙)。。

これほどまでに素晴らしいピアニストが、

これから一番脂の乗った演奏を聴かせてくれるという大事な時に

急にあの世へ逝ってしまうなんて‥悲しすぎます。

最初の数フレーズ聴いただけで、すごいって唸ってしまったんですが、

それが、最後の最後まで感動しっぱなしのフレーズ満載でした。

ライナーノーツに、ブルーノート関係者のコメントが載っています↓

 

早いもので、市川君が逝ってしまって1年が経とうとしている。

失われたものの大きさに、未だに呆然とすることがある。

ブルーノートで色んなミュージシャンの演奏に接する機会があるが、

「そこちゃうやろ!修ちゃんやったらこうやってくれるのになぁ。」

などと、思わず独り言を言ってしまう。又、深いため息をついて昔を思い出す。

もう、店を閉めてしまおうかと何度も考えたが、次の世代に市川君の

音楽の魂を伝えていくためにも、この店は続けていかねばならないと

踏みとどまる。

 

まさに、今の僕の気持ちは同じです。悔しくて悲しくてなりません。

こんな素晴らしい、魂のジャズを奏でるピアニストが

この世からいなくなってしまったことを、残念に思わない人がいるのでしょうか。

YOU DON'T KNOW WHAT LOVE IS

(ブルーズの意味をしらなきゃ愛はわからないよ)では、

市川さんの永遠に語り継がれるであろうフルートでの名演が収められているのです。

 

この作品は、僕の中で間違いなく今年一番の作品になりました。

この魂の宿った音色は、一度聴いたら虜になります。

山中良之先生は、この人に見初められて、そしてジャズを叩き込まれて

プロデビューをはたしたんでしたよね。

ちょっとだけ‥いや、かなり山中テナーのルーツが見えてきました。

モンクに似てる?バドのようなフレーズ?

そうじゃないですよ‥やはり市川修のピアノは、市川さんにしか弾けませんよ。

 

皆さんも、是非手に入れて聴いてみてください。

期待を裏切らない素晴らしいフレーズに溢れているんですから‥本当に。

 

市川修.jpg

市川修(いちかわおさむ)

1949年京都府生まれ。
中学生時にブラスバンドでフルートを始め、高校進学と同時にピアノに転向し、大学在学中にプロとしてデビュー。
1972年に上京、'ピットイン'等に自己のグループで出演。
75、80、86年と3度の渡米。
特にニューヨークハーレムでは グレッグ・バンディ、ジミー・ポンダ、ドン・ペイト、エディ・ムーア、アーネスティ・アンダーソン、ツーツ・シールマンス、等と共演。
伝説のアルト奏者、Cシャープと同じ部屋で生活し、演奏活動を行う。
BLUESを深く敬愛し、あつい演奏を信条とする。モンク、パウエルといった黒人ピアニストを尊敬している。
自己のトリオ、クアルテット、市川芳枝バンド等で、京阪神や東京のライブハウスに出演。
谷中秀治 (bs) をはじめ黒人ミュージシャンのゼン・マッセイ、サディク、エド・ルイス、デニス・チャールズ等と活動。
キングレコードより、リーダーアルバム"ザ・オリジナル"、京都ブルーノートレーベルより"クリス・クロス"、"エド・ルイス追悼アルバム"、を発表。
2006年没

 

↓まだ少し残っているかもしれませんよ!お早めに〜♪

市川修 CD Ichikawa In New York
市川修

テーマ:JAZZ - ジャンル:音楽



| HOME |


Design by mi104c.
Copyright © 2008 Trav’lin Light, All rights reserved.
ホームページ アフィリエイト レンタルサーバー FC2ブログ