
【送料無料】マル・ウォルドロン / マル・ウォルドロン
1 Django
2 The seauulls Of Kristiansund
3 My Foolish Heart
4 My One And Only Love
5 When Sunny Gets Blue
6 I Should Care
7 Remember
8 I Didn7T Know What Time It Was
9 You Don't Know What Love Is
10 Left Alone
HMV レビュー
2002年12月2日、ブリュッセルで亡くなったMalcolm Earl Waldron、ことマル・ウォルドロン。日本への来日の数多さ、そして、日本でのレコーディング、日本のレコード会社への録音の多さ、どれをとっても、ジャズメンの中で最も愛されたミュージシャンである。
このアルバムはそうしたマルが、日本に残した多くの軌跡、感動、フレンドシップ、それらすべてが詰まった作品だ。
「プレスティッジ・レーベル」の“ハウス・ピアニスト”時代、記録を紐解くと、一ヶ月の内20日くらいレコーディングに参加していた時期もあった。
エリック・ドルフィー=ブッカー・リトルっとのジャズ史上稀なスリングな、しかも、一期一会のセッション。
マルはジャズの歴史の中に、特殊な位置を築いてきた。20世紀音楽が生んだ至高の存在、ビリー・ホリデイの最期の伴奏者として、ビリーから多くのものを「引き継いだ」マル。
世界を旅し、そして、世界中に感動を与え続けた。しかも、あの“モールス信号”と、誰にも真似の出来ない音色で。
本作は、山中湖ペンション3361*BLACKレーベルが、そうしたマルが残した日本でのツアーの歴史を集めた「追悼盤」だ。
音質を大切にするレーベルらしく、ここに納められた演奏は、恐らくオーディオのリファレンスニ使用できそうなピュアーな響きに溢れている。そして、聴き進めば、それがマルのメッセージに聴こえてくる。
最後の曲“レフト・アローン”が終わるとき、マルの浅黒い顔と共に、思わず“ありがとう”という言葉が出てくる。確かにマルはココに“生きている”
マルが残した全ての演奏の中でも最上位にランクされる“心を伝える”鴛鴦だ。
内容(「CDジャーナル」データベースより)
2002年12月、ブリュッセルで76年の生涯を閉じたジャズの巨匠、マル・ウォルドロン。追悼の意を込めてリリースされる本作は、彼の未発表曲を集めた注目作。すべてのジャズ・ファンへ。
内容 (「CDジャーナル・レビュー」より)
ジャッキー・マクリーンの哀愁を帯びたサックスでも有名な「レフト・アローン」の作者として、またピアニストとしても日本のファンに愛され続けたマル・ウォルドロン。これはそのマルと最後の7年をすごした"3361*BLACK"の伊藤秀治氏が、自ら所有する音源で構成した未発表ソロだ。晩年の日本ツアーにおいてマルが好んで弾いたという9曲と、上記の代表曲を収録。故人に「ありがとう」の気持ちを伝えようとする氏の意志が痛いほど伝わってくる。おなじみのスタンダードでも、ある時は淡々と、ある時は情感豊かに演奏していくマル。9曲目の終わりまで拍手は聴こえず、ラストの1曲はアンコールと、まるで実際に一夜のライヴを体験している気分にさせてくれる。どことなくリラックスした雰囲気のなか、心をこめて演奏するピアニストとその姿をじっと見つめる温かい聴衆。そんな情景を思い浮べてしまう。生前マルのソロがお好きだった方には、この上ない心温まるプレゼントとなるはずだ。 (後藤誠) --- 2003年03月号
素晴らしい‥大感動してます。
正直僕は今まで、マルウォルドロンというピアニストを
あまり好きでなかったようです。
それは、少し、「不器用」 な感じがしていたからです。
僕が好きな他のピアニストに比べて、
何か突出してすごいテクニックがあるわけでもなく、
神がかり的な才能を持っているわけでもないと思っていたからです。
でも‥‥これ聴いて変わりました。
マルの言いたい事‥伝えたいことがなんかわかってしまったんです。
非常に日本人の琴線にふれるピアニスト‥マル・ウォルドロン。
その理由は、こうだと思うんです。
三味線とギターの違いだと。
アメリカのミュージシャンが、日本の三味線を見て、
なんで弦が3本しかないの?つまらないなぁ〜って言ったそうです。
でも、そこに日本人の美学があると思うのです。
マルさんのピアノは、テクニックとか、フレーズとかで
勝負しているのではないのです。じゃあ何なのか?
もちろんこの【送料無料】マル・ウォルドロン / マル・ウォルドロン
を聴けばわかるはずなんですが、言葉にするのは難しいんです。
でも、もし言葉にするならこれしかないと思います。
「 心 」
ハートの部分で勝負しているんです。
これは、やはり、晩年のビリー・ホリディとの共演が、
彼のジャズ人生に素晴らしい経験をもたらしたからではないでしょうか。
ライナーノーツを読んでいると、実はこのマルウォルドロンという人、
かなり頭の良い、センスの良い人だったということがわかります。
けっして不器用ではないのです。
写真を見るとすごくやさしい顔してますよね。

こんな優しい顔してるので、
この優しさにつけこんで来る人もいたらしいですが、
そういう心ない人たちにも、わかった上でやさしく振る舞い、
結局マルさんのペースに乗せられて、マルさんの
望むように‥やりたいように丸め込まれちゃうそうです(笑)。
彼のピアノから感じる、不器用さ、やさしさ、静けさ、かなしさ。
それは、全て彼自身わかった上で演奏されているんです。
この作品は、日本でのライブの未発表音源に、
あの名曲レフト・アローンを追加したピアノソロ作品なのですが、
1曲目〜8曲目まで、静かにマルのソロピアノだけが流れ、
9曲目の終わりに、初めて拍手が入ってきます。
そしてアンコールにレフト・アローン‥という構成になっているのでしょう。
最後の曲を聴き終わった時、
マルさんのあの優しい包み込まれるような笑顔が浮んできて、
そして、心の底からありがとうと言いました。
彼はもう亡くなってしまいましたが‥
こうやって、ピアノの音色と共に生きているのです‥しっかりとね。
↑クリックして、是非聴いてみてください。
僕の言っていることが少しだけわかるはずですよ。

Mal Waldron
誕生:1926年08月16日 in New York, NY
死亡:2002年12月02日 in Brussels, Belgium
2002年12月2日(月)、日本でも長い間高い人気を誇るピアニスト、“Mr.Left Alone”こと Mal Waldron がブリュッセルの病院で亡くなった。享年76歳だった。
マルは1926年8月16日、ニューヨ−クに生まれ、初めアルトサックスを演奏していたが、のちにピアノに転向、50年代初めにはIke Quebecのバンドのメンバーとして活躍。1954年から2年間、 Charles Mingus のバンドに加入、ジャズ史上不滅の名盤『直立猿人』に参加、一躍彼自身の名声を高めた。個人的にも Prestige Label に Mal 1 Mal 2 などを吹き込んで着実に成長していたが、1957年最晩年の Billie Holiday の伴奏者として、貴重な経験を生かし、ビリーの死後、不滅の名曲 Left Alone を発表、アルバムにおける Jackie McLean の物哀しい音色と曲調が一緒になり、日本ジャズ喫茶史上最高の人気盤となった。
その後も、Eric Dolphy 不滅の名演At The Five Spot で、ピアニストとしての可能性を突き詰め“マル節”ともいえる、モ−ルス信号のように単純化した個性的な演奏で人気を博した。
日本を愛し度々来日、33年ぶりに今年アメリカに帰った Steve Lacy との共演盤で、奇しくも追悼盤となった One More Time のタイトルは、あまりにも示唆的なタイトルに聴こえる!
マルが残したメロディはいつまでもジャズファンのこころに響き続けるだろう。冥福を祈りたい。