
Clifford BrownClifford Brown『MEMORIAL ALBUM』
1. Wail Bait [Alternate Take]
2. Wail Bait
3. Hymn of the Orient
4. Brownie Eyes
5. Cherokee [Alternate Take]
6. Cherokee
7. Easy Living
8. Minor Mood
9. Hymn of the Orient
10. Bellarosa
11. Carvin' the Rock
12. Carvin' the Rock
13. Cookin' [Alternate Take]
14. Cookin'
15. Brownie Speaks
16. De-Dah
17. You Go to My Head
18. Carvin' the Rock
HMV レビュー
この年(1953年)ライオネル・ハンプトンとの欧州楽旅を経て大きな飛躍を遂げるブラウンを捉えたブルーノート初期の傑作アルバム。ハンプトン・バンドの僚友と当時バド・パウエル、セロニアス・モンクと並び称せられたエルモ・ホープなど、時代の前衛を進みつつあった若者たちが集められた、ジャズの「時代」を記録した忘れられないセッション。
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クリフォード・ブラウンの活動が本格化したのは、1953年。イキのいいスウィング感と、新鮮な着想に洗練と正確さを吹き込む演奏技術を持ったトランペッターだった。華々しいテクニックで聴く者を圧倒するディジー・ガレスピー、簡潔で内省的な演奏のマイルス・デイヴィスの2人が台頭する以前に、ジャズ・トランペッターたちの指標となったのもブラウンであり、そのスタイルは現在に至っても色あせていない。
このCDは、ブラウンがリーダーを務めた最初期の録音2作品を1枚にまとめたもの。本作で彼が率いるクインテットまたはセクステットには、ニュー・ヨークのバップ・シーンを代表するミュージシャンも数名参加している。前半の9トラックは、ブラウンを交えた素晴らしいクインテットによる演奏。ツイストの効いたエキセントリックなソロがいい味を出している。影の実力派ピアニストことエルモ・ホープによるサポート、ドラマーのフィリー・ジョー・ジョーンズによる複雑怪奇なプレイも見事だ。アルト・サキソフォニストのルー・ドナルドソンはチャーリー・パーカーの影響を強く感じさせるが、ブラウンは自分流を貫き通す。バップ色豊かな「Cookin'」だろうと、スタンダードである「You Go to My Head」だろうと、その姿勢は変わらない。
後半の9トラックはセクステットによる演奏で、主導権を握るのはアート・ブレイキーのドラムだ。逆に、アルト・サキソフォニストのジジ・グライストは抑えたプレイを展開し、ブラウンの楽しげに踊るようなラインを効果的に引き立てている。ミディアム・アップ・テンポを取った「Cherokee」は、ブラウンのもっとも印象的なトラックに挙げられるだろう。それぞれのセッションのオルタネイト・テイク群は、ブラウンの伸び伸びとした創造性を浮き彫りにする。また、ルディ・ヴァン・ゲルダーによるリマスタリングは、彼一流のゴージャスなトーンと強烈なドラミングに新たな光を当てている 。(Stuart Broomer, Amazon.com)
これは良いな〜♪
素晴らしすぎて、僕みたいな根っからのビバッパーは、
思わず抱きしめてあげたくなる作品です。
エルモ・ホープ最高だなぁ〜♪
お! ドラムスはフィリー・ジョー・ジョーンズか〜♪♪最高!!
やっぱりこれだよ〜!
この時代こそが、ジャズの一番輝いていた時代!!
このClifford BrownClifford Brown『MEMORIAL ALBUM』
という作品は、もちろんブラウニーの代表作には変わりないですが、
この素晴らしき時代の代表作でもあるようですね。
僕の敬愛するピアニスト、太田寛二さんが
HMVでコメントされてるように、タッド・ダメロン・オーケストラの
演奏は、まさに鳥肌ものです。ダメロンさん最高です。文句なし!
これは買いです。間違いなく買いです。
モダンジャズファン必聴!ビバップファン絶対必聴!
ちなみにこちらが、生前のブラウニーも見ていたであろうという
10inchオリジナル盤のジャケです。渋いですね〜♪
Clifford Brown on Soupy Sales TV Show
Clifford Brown on the Soupy Sales TV Show. Recorded early 1956. To my knowledge this is the only known video footage of Brownie.
↑観てみて!!動くブラウニーの貴重な映像です。
上手いですね〜♪上手いなんてもんじゃないですね(笑)。
Clifford Brown - Easy Living 「Memorial Album」
↑あ〜!これは、ブログ界の大御所
SOUND LIBRARY STORE のsome1904さんが
アップしている、この作品からの1曲です。
素晴らしいですよ〜♪SOUND LIBRARY STORE は。
僕は、こういうブログを目指しています。

Clifford Brown 誕生:1930年10月30日 in Wilmington, DE
死亡:1956年06月26日 in Pennsylvania
1930年10月30日、デラウエア州ウィルミントン生まれ、1956年6月26日死亡。ジャズトランペッター、クリフォード・ブラウンはたった25年の生涯で彗星のようにジャズの世界を掛け抜けて行った。13歳でトランペットを手にし、デラウェア州立大学で数学を専攻、その勉学が認められメリーランド州立大学へ転校、その頃先輩格のトランペッターのファッツ・ナヴァロやディジー・ギレスピーに認められ天才クリフォードの歩みは始まった。
死のちょうど6年前の1950年6月には一度目の自動車事故に遭遇するが51年5月には回復し退院、フィラデルフィア・ジャズシーンにデビューする。このころ参加していたR&Bバンド、“クリス・パウエルのブルー・フレイム”での演奏を収録した『ザ・ビギニング・アンド・ジ・エンド』は後年発掘された未発表テープからのアルバムで、1952年3月21日の演奏を収録した、ブラウニーの出世前の演奏が聴けるヒストリカルな作品。そして、CBSのちょっと粋な考えでLP時代には“裏面”に彼のラスト・セッションが収録された。52年の録音分はヴォーカルがフィーチャーされたりと時代がかったところもあるが、全ての演奏を聴きたいと思うファンにとってはこの上ないプレゼントとなった。
ブラウニーはこのバンドに1953年まで留まり、やがてタッド・ダメロンに引き抜かれる。この頃の演奏はプレステッジ・レーベルから後年発売された『クリフォード・ブラウン・メモリアル・アルバム』で聴くことができる。これに先立ってブラウニーは当時隆盛を極めつつあったブルーノート・レーベルへもルー・ドナルドソンやエルモ・ホープとともに録音し、後に12インチで発売されたときには同じく『メモリアル・アルバム』というタイトルを付けた演奏を残している。その後、J.J.ジョンソンとのブルーノート・セッションの後、ブラウニーは当時若手の有望株を大量に擁してバップ〜モダンへの登竜門的なバンドであったライオネル・ハンプトン・バンドに帯同しヨーロッパにツアーする。そのとき、かの地でバンドのメンバーを引き連れて録音されたのが、フランス・ヴォーグに録音された『イン・パリ』の3枚のアルバムであった。
そして、帰ってきたブラウニーを待ちうけていたのは名門ジャズ・メッセンジャーズ結成直前のアート・ブレイキーからのオファーであった。『バードランドの夜Vol.1 &2』に残されたのがこの当時のブラウニーの演奏である。もうすでに輝かしい音色と抜群の楽器コントロールの能力は花開いている。その後、彼自身のハイライトであり、そして,ジャズ史上に燦然と輝く“ブラウン=ローチ・クインテット”のコラボレイションが開始された。当時、1954年の4月と8月のコンサートはGNPレーベルの『イン・コンサート〜コンプリート版』に収録されている。この演奏はこの時期の一連のエマーシー・レーベルヘの録音を挟んだライブ演奏で、ブラウニー・フリークには嬉しいドキュメントとして記憶された。
そして、ブラウニーは満を持して『クリフォード・ブラウン・アンド・マックス・ローチ』という、まるで名詞代わりのタイトルのエマーシー・レーベル第一弾と共に、リッチー・パウエル(p)ジョージ・モロウ(b)ハロルド・ランド(ts)を擁したクインテットでデビューを飾る。ここからの録音は全て同レーベルに残されており、その中でも『ベスト・コースト・ジャズ』には西海岸の俊英達との火を吹くようなセッションが収録されている。
また、ダイナ・ワシントン、サラ・ヴォーン,ヘレン・メリルら超一流のヴォーカリスト達との共演盤でも凡百のトランペッターたちの遠く及ばない歌心溢れるバッキングで素晴らしい作品を生み出し続けた。やがて、バラード・プレイにおいて他の追随を許さないことを証明する名盤『ウィズ・ストリングス』を吹きこんだのち、作曲能力の高さとソロにおける類い稀なるオリジナリティが歴史に刻まれることになる名盤『スタディ・イン・ブラウン』を録音する。
その後テナーはソニー・ロリンズに替わり、グループは新たな地平へと踏み出す。ロリンズ自身が、かつて最も好きな作品として挙げた『ロリンズ・プラス・フォー』はこのグループをそのままロリンズのリーダーとして録音された“隠れブラウン=ローチ・クインテット”である。
冷静に見てトラッペッターの魅力を語るとき、ハイノートが吹ける、素晴らしいソロをとる、作曲能力に優れている、時代のイノーヴェイターとしての能力、リーダーとしての統率力、人間的な素晴らしさ、などなど様々な要素が考えられるだろう。そして、ハードバップの時代、最も大きな要素だったのはいかに“人より素晴らしいオリジナリティ”に溢れたソロをとるかで、そこにミュージシャンたちの地位はかかっていた。
そんな時代の真っ只中に生まれたブラウニーは“全ての速度、すべての曲調”で最高水準のソロをとり、しかも優れたコンポーザーであった。人間的に彼が如何に人から好かれていたかは、巷間伝わる、彼が亡くなったときの多くのミュージシャンたちの反応で分かるだろう。レコーディング中だったミュージシャンたちはそれどころではなくなってスタジオ内で彼の思い出話で夜を明かしたという。
また,幸いにもエマーシー・レーベルに残された多くのレコ−ディングがコンディションよく「セッション・テープ」(=レコーディング時のテープの原本、この形でそっくり残っているのは非常に珍しい)として保管されており、それが近年の最新技術によって見事な音質で蘇りブラウニーの音質を一層輝かせた。そうしたテクノロジーの進歩とポリグラム(現ユニヴァーサル・グループ)の保管状態の素晴らしさが、結果的にブラウニーの真価をストレートにわれわれに伝えてくれた。
クリフォード・ブラウンこそはジャズ史が生んだ“最もすばらしいトランペッター”にほかならない。マイルス・デイヴィスでさえトップスピードに乗ったブラウニーのソロには遠く及ばない。